忘れたくないことば(雑学とか、身内のお笑いとかも入ってしまいました。そのうち整理します)


「同じことをくりかえすくらいなら、死んでしまえ」
岡本太郎


今日やることができねー奴は、明日になったって出来ねーんだよ!(みたいなことをゴロー・シゲノがいっていた)


人類は進化を止めた。(上野潤)

は間違いだ(2010, 7/30追記)。当たり前だが人類は今が最終形ではない。遺伝子駆動による進化も続いているし、ミーム駆動による進化も、遺伝子とミームの共進化もある。(2010, 8/30追記)


つまりだますものだけでは戦争は起こらない。だますものとだまされるものとかそろわなければ戦争は起こらないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

だまされることの責任は戦争に限らないと思う(藤井の意見)

森達也(2004)、いのちの食べかた、理論社の中で引用されている伊丹万作「だまされることの責任」(高文研)


一日は24時間ありますから。
内田信一
20年もしないうちに温暖化が否定されれれば科学への大変な不信感が生まれる。これがCO2主犯説の最大の罪です。
丸山茂徳

一人一人が努力しなければならないという話しのときは、十分眉につばをつけて聞かれることをお勧めします。
宇井純


愛の反対は、憎しみではなく無関心であること。
マザー・テレサ


まず恐怖を作り出すことで、大衆の間で合意を形成するという政策が実行しやすくなる。
ノーム・チョムスキー(エコロジーという洗脳から孫引き)


気候変動の一役を担う企業は、収益力を高め、優秀な人材を引きつけ、ブランドを向上させるだろう。そのすべてが最終的に利益の最大化につながる。
アル・ゴアが序文を書いた「未来を作る資本主義(英治出版)」(エコロジーという洗脳から孫引き)


大衆とは自分では何も考えずに、みんなと同じであると感じることで安心する連中である。
大衆の観念は思いつき、信念は思い込み。
オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

戦争は国内の矛盾の露出である。
シモーヌ・ヴェイユ

戦争は社会的本能の露出である。
ロジェ・カイヨワ

国家というものの本質は暴力にある。それを隠すために国家はいろいろ装ってきた。
ルネ・ジラール「世の初めから隠されていること」

精神病の原因は資本主義が作った。
ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリ「アンチ・オイディプス」「千のプラトー」(資本主義と分裂症)

以上は、松岡正剛(2007)、誰も知らない世界と日本の間違い、春秋社より孫引き


努力で夢を叶えることができるとは限らないけど、努力しなければ絶対に叶えられない。

みたいなことをコマーシャルで言っていた。「努力すれば夢は必ず叶う。」は明らかな嘘なので信じないほうがいい。


武田邦彦「インフルエンザとは何か(13)その顛末記」(要約)

かつて国は「大変だ。新型インフルエンザと季節性インフルエンザの両方のワクチンを作らなければならない」といって大量の税金を使った。

一体、インフルエンザの専門家はなにか知っていることがあるのだろうか? あれほどテレビで警告を発し、新型インフルエンザが恐ろしいのはウィルスの種類が違うから、免疫が効かず、従って、新型も恐ろしいし、続いて起こる季節性の流行も怖いと言っていたのはどうしたのか?

日本の専門家はバカなのか?バカなのに、偉そうにNHKでコメントしていたのか?

それに振り回された我々がバカなのか?

【今のところの事実】

インフルエンザの専門家は何も知らない。

WHO、政府、NHKなどはすべていい加減なことを言っていた。

新型インフルエンザは季節性インフルエンザを防ぐもっとも良い方法で、犠牲者が少なく、50倍の死者をだす季節性インフルエンザを撲滅する。


武田邦彦「補助金は技術者の恥」(要約)

補助金とは「自分の技術はこんなに劣っています」ということを世間に公言することに他ならない。補助金は技術の麻薬である。


一回の講演の聴衆がたった20人でも、3億4000万回講演すれば世界中の人に聞いてもらうことができる。

みたいなことを谷明人がいった。


「速い列車で行っても、遅い列車でも人生の時間は変わらない」

トルストイ


アラン・M・ダーショウィッツ「最善の弁護」

法廷では証人以外は「真実を述べる」と誓わない。弁護士と判事は宣誓しない...できない...どころか、アメリカの司法システムは「真実を言わない」ことを基礎に成り立っていると言っても過言ではない


フランクリンの法則(ベンジャミン・フランクリン)
死と税金の他には、確実なものは何もない。


生きてぇーてぇーよかったぁー、
生きてぇーてぇーよかったぁー、
生きてぇーてぇーよかったぁー、
生きてぇーてぇーよかったぁ。

フラワーカンパニーズ「深夜高速」


ヒューマニズムは世界を滅ぼす
って誰かいってたと思うんだけど...

地獄への道は正義と善意で舗装されている
池田 清彦・養老 孟司「正義で地球は救えない」新潮社

地獄への道は善意と税金で舗装されている。

と副島(そえじま)隆彦が言っている(エコロジーという名の洗脳)


正義など、人の都合で変わるもの。

タジョウマルの大御所様


アインシュタインの名言(「アインシュタイン150の言葉」より)

常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう

大切なのは、疑問を持ち続けること

人間性について絶望してはいけません。なぜなら、私たちは人間なのですから

どうして、自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、いいじゃないですか

いいジョークは、何度も言わない方がいい


九工大 佐藤直樹、暴走する「世間」(道新2009,11/10夕刊)の超要約

「世間」には個人がない。この10年くらいで入ってきた成果主義は世間と相容れない。世間が暴走し、息苦しく生きづらい世の中になり、うつ病や過労自殺が増える原因になっている。世間には身分制があると同時に平等主義もある。ちょっとした差異に異様に敏感な「新しい身分制度」の中でルサンチマン(恨みや不満、憎悪)が蓄積されていることが、ヤケクソ型犯罪の根底にある。


夢のもつれ(道新夕刊、鷲田清一)の要約

所有という強迫観念(2009, 11/5)

近代社会では「自由である」とはつまるところ、何者かを意のままにできるものであること、すなわち、所有の主体であるということなのだ。私達は、何を所有しているかが各人の存在価値の核をなすとみなされる社会を生きてきた。そこにこの社会に見られるいくつかの閉塞の理由がある。「わたしのもの」を護ることではなく、「わたしのもの」だからこそ他者に分け与えるということに自由の第一義を見出したとき、ひとはリベラリティーの概念とはじめて(あるいはふたたび?)出会うことになるのだろう。

分かりやすさの落とし穴(2008,12/4)

今の社会を流通する言論は「誰も正面きって反対できない思想」に満ちている。大勢のひとがムードで「サスティナビリティ」、「多様性」などの合言葉を唱和する。これこそイデオロギーではないかと思う。答えを急がず、複雑性の増大に耐えて思考を続けることが知性の体力(思考の肺活量)といわれるものではないか。「じゃあ肺活量を鍛えるにはどうしたらいいんですか?」などといわれそうだが、そうした、すぐに解答を求める気性こそ問題だ。待てないから、もやもややいらいらに切りをつけてくれるわかりやすい論理に飛びついてしまう。本当は、ぐずぐずしこしこ考え続けることが重要だが時代はなかなかそれを許してくれない。


Seven Social Sins (7つの社会的罪)

Politics without Principles	理念なき政治
Wealth without Work	労働なき冨
Pleasure without Conscience	良心なき快楽
Knowledge without Character	人格なき学識
Commerce without Morality	道徳なき商売
Science without Humanity	人間性なき科学
Worship without Sacrifice	犠牲(献身)なき宗教

マハトマ・ガンジー碑文

人生の基本は楽しむことだ。ただし、楽しむことと楽することは違う。(ネットの匿名文章を改変)


−前略−

私たちが「幸福」とか「不幸」と思うのは,なにか「標準的」ということと比較しているからだ.日本人の平均寿命が25才なら,30才まで生きれば幸福だろうし,平均寿命が200才なら100才でも不幸かも知れない.

−中略−

自分が不幸なら,その分,だれかが幸福だ.自分が幸福なら,その分,誰かが不幸だ.自分も含めてすべての人の平均が幸福を決めるのだから,自分が幸福になることは他人を不幸にすることだ.

武田邦彦


短期間でよくみえることが、長期間いいとは限らない。
長期間でよいことが、短期間でよいとは限らない。
でも、短期間でよくないものが長期間でいいとは限らない。

みたいなことなんだが、原文がみつからず(石川英輔)


第二の問題は私には明らかに記事が間違っていると思う.大学というのはもともと文科省の上にある.文科省は単なる事務局であり,教育の実態を指導する立場にはない。

なぜなら,大学の教授は厳しい論文や業績の審査を受け,大学教育をする資格があることを教授会で認められた人である。それに対して,文科省の役人は国家公務員試験に合格しただけである。

それに教授会は長年教育に携わってきた人の集合体であるが,文科省は単なる事務をやってきた人で,教育経験はほとんど無い.

文科省は事務局にすぎない。その事務局が「通知の後も授受が続いていたことに,遺憾としか言いようがない」と言うのは,職権乱用である。

武田邦彦
http://takedanet.com/2009/02/post_fd3c.html


化学は突き詰めると物理になる。物理は突き詰めると数学になる。数学は突き詰めると哲学になる。(あるドクターの学生がある高校の先生から聞いたという言葉を私なりにアレンジしました。原形をとどめているかどうかはわかりません。
*数学を突き詰めても哲学にはならないような気がしてきた(2009, 10/16)。

(前略)大学の目的は専門技術者の養成ではない。「専門性を持った教養人」の育成なのだ(後略)、石川潤、北海道新聞2008年4月23日、朝の食卓「大学のあり方」 *多分、オリジナルではなく、誰かの言った有名なことばなんだろうけど(知らないのは私だけ?)、ずばりいい感じなのでメモっておきます。

「地球に優しい」は人間の思い上がりだ。(池内了、ソフトランディングの科学)

 仕事には「仕事がうまく行けば終わりになる仕事」と「仕事が成功すればさらに仕事が増える仕事」がある。軍隊というのは前者だ。
 軍隊は何の為にあるのかというと平和の為にある。戦争とは平和の為に戦うことだ。だから成功したら失業する。
 私の「工学(技術)」もそうである。テレビも無い、冷蔵庫も無い、洗濯機も無い、住む家もない、道路はぬかるみだ・・・そんな時には私の仕事はいくらでもある。安く大量に製品を作り、性能を向上させる。それが技術の役割である。
 でも、やがて製品は行き渡り、みんなは満足する。技術はみんなが「文化的で快適な生活」ができるようになればお役ご免である。だから私は失業する。
 中略
 もともと人生とは死ぬために生きる。どうせ死亡率は100%だ。でも、その過程を楽しむのであって、死ぬのが目的ではない。
武田邦彦

個性は心ではなく体にある。(養老孟司、運のつき)

ペットボトルを私のように繰り返し使うとペットボトルの消費量が5分の1になりますから、製造会社は半分以上、つぶれることになります。リサイクルするとペットボトルの消費量が増えますから、会社は繁栄します。わたしは愛用品を買い、それを大切に使って、豊かな心休まる生活をすることが日本の子孫のために良いと思っていますし、結局、会社もその方向に行かざるを得ないと思うのです。(武田邦彦)要するにこれが武田先生のいいたいことだと理解した。

「なんでも楽しんでやろう」(室工大元副学長 板倉賢一先生のお言葉)
*偶然だろうか?それとも、べ平連小田さんの「何でも見てやろう」のパクリなんだろうか?

「アツくて悪いか!」(神楽アカネ(鉄板少女アカネの堀北真紀))

「人は真であってもらいたい、と願うものを強く信じる」または「人間は正しいことを信じるのではなく、信じたいことを正しいと思う」(フランシス・ベーコン、ノヴム・オルガヌム...らしい)

「物事を正しく判断するためには本質的ではない細かいことをあまり追求しないことである。ましてそのことを「雑だ」とか「いい加減だ」といっていると本質を見誤る。世界は刻々と変わり、ほとんどの数字は「おおよそ」しか判らず、「おおよそ」の方が真実に近いことも多い。(武田邦彦) 」

「この世に「よかれ」と思うことで本当に「良い」というものは無いように思える。1時間だけ良いことは1年後には悪くなるし、1年だけ良いものは一生を考えると害になる。また一人の人の人生にとって良いことはその民族を滅ぼすことになり、そしてそれが最終的には種を絶滅させる。」(武田邦彦

今度やろうは馬鹿野郎だ!明日やろうも馬鹿野郎だ!(じっじ(プロポーズ大作戦の永澤まさみのおじいさん役の夏八木勲))

「金はあったりなかったりするけど時間はみんな一緒」(事情によりソースは明かせません)

「いい評判は1人から7人に伝わる。悪い評判は1人から15人に伝わる。」(事情によりソースは明かせません)

三現主義(現場、現物、現実)

5W(5W1H, When, Where, Who, What, Why, Howではない。Why?を5回繰り返すことでようやく問題の根っこが明らかになり、効果的な問題解決策を打つことができる、トヨタ)

英語ができりゃ国際人か!?(8大学工学教育プログラム・グローバル化推進委員会にて)

エネルギーはスカラーだから方向があるわけないべや(藤井義明)

不動産(リアルエステート)のリアルは「真の」ではなく「国家」(レアルマドリードのレアル)(ロバート・キヨサキ)、われわれは土地を買ったとしても実際に所有しているわけではなく、国家から借りているだけだ。その証拠に毎年不動産税を払わなければならない。