• 1997, 12/31

    昨日のラジオジャパンでは年忘れ落語特選をやっていた。アメリカで柳家小さんを聴くというのも妙な感じである。柳家小さんというのは、永谷園のあさげの宣伝をしていた落語家であろうか?人間国宝だそうである。

    私はケーブルに加入していないのでテレビはかなりつまらない。クリスマスには特別番組が多くて助かったが、大晦日や元旦の特別番組はほとんどない。

    安室奈美恵が2年連続レコード大賞か。まるでインデュラインのツール連覇のようだ。

    最近の食事パターンは下のような感じである。

    朝食:コーンフレーク
    昼食:ピザ、サンドイッチ、ハンバーガー、中華、カレー等
    夕食
    土:サーモンステーキ
    日:麻婆豆腐
    月:麻婆豆腐
    火:もりそば
    水:ステーキ
    木:ステーキ
    金:鮭の缶詰

    ぜいたくにみえるかもしれないが、そんなに金はかかっていない。豚肉は牛肉より高い。鶏肉は牛肉と同じ位する。薄切り肉が売っていないので野菜炒めは難しい。挽き肉は1ポンド単位で売っているので冷凍保存等をするような人間ではない私には買えない。昼飯は北大の学食に比べると高い($4〜$6)。最近は円安なので特に割高感がある。

    ちなみに、石田先生の朝食は韓国ラーメン+卵+白米、あるいは、ピザ+コーラ等、夕食はカニとアボガドの散らし寿司、マグロの刺身、鳥鍋等である。こちらもものすごく贅沢なようだが、実際そんなに金はかかっていないし、やはりしょうがないのである。

    この大学は州立大学だそうだ。つまり、オクラホマには州立大学が2つある。それは、The University of Oklahoma(ここ)とOklahoma State University(Still Waterにあるフットボールが最近強いところ)だが、The Universityというのは伝統があるとかレベルが高いとか一番大きいとかのプライドを示すようである。日本では、東京大学だけがThe University of TokyoとなっていてあとはHokkaido Universityのようにいうようである。しかし、北大のドメイン名「hokudai」はどうにかならんかと思う。世界に恥をさらしているような気がする。

  • 1998,1/1

    昨日テレビを見ているとニューヨークの新年がアメリカの新年だということがわかった。ニューヨークのタイムズスクエアに何千人か何万人かわからないが人が集まってとにかく大騒ぎしていて、カウントダウンして、新年になると花火があがって蛍の光である。それと同時に、まだ新年になっていないはずの(アメリカ本土内で3時間の時差がある)ラスベガスやディズニーランドでも、花火があがってみんなで抱き合ってキスをしていた。

    たしかに、ニューヨークで新年でもまだここでは新年ではないなどといって2時間待つのはちょっと偏屈だし、ニューヨークの新年を新年にしてしまえば、それからうちに帰ってゆっくり寝ることができるので便利である。

    新年番組ではスパイスガールズというのが活躍していた。このグループはすごく人気があるようであるが、私はCCガールズの方が好きである(リーダーらしき女性は除く)。

    今年は面倒なので年賀状は作らなかった。かみさんはかみさんで勝手に作ったが、私の名前を取り除くと私が死んだか、離婚したみたいなので(姓が戻っていないのでよく見れば離婚ではないとわかる)、私の名前も入れた。

    あけましておめでとうございます。

  • 1998,1/2

    昨日は石田先生のうちで新年会をした。1時から始めてついつい9時頃まで飲んでしまった。こんなに飲んだのはアメリカに来てから始めてである。

    今日は私の誕生日だ。3回目の年男である(寅年)。

  • 1998, 1/3

    最初は12連休でどうしようかと思った。行事はCoal Museum、映画一回、新年会だけである。でも、毎日学校に来て半分遊びながら仕事をして気が付いたらもう明日しか休みがない。あさってはジーンのミーティングが8時からだ。もう実験がないので出なくてもいいようなものだが、1/12に発表させてくれといってしまったので、一応最後まで出ることにする。

    遊ぶというのは当然PCで遊ぶわけである。ここで日本語の相手をしてくれるのは石田先生と内田さん以外にはパソコンしかいないので。このパソコンがなかったら(あってもインターネットにつながってなかったら)ノイローゼになったかもしれない。奇跡的にノイローゼにならなかったら、英語がすごく上手になっていたことだろう。

    どうせ暇なので、ゲームでも持ってくればよかった。ものすごく時間のかかるのを持ってきたら毎晩テレビを見なくてすんだかもしれない。自転車は寒いし風が強いのでちょっと大変。昨日スケートで転んで怪我をしたのでスケートも当分乗れそうにない。

    Healdtonにある石油博物館である。石田先生は日本に帰ったらこのおじいさんに葉書きを送らなければならない。ハリバートンはここで兄弟だけで事業を始めた。その他ここで産声を上げた石油関連企業は数多い(でも今は全部他の町に移っている)。ここは、数100 mも掘れば石油が出るので貧乏人のフィールドと呼ばれていたらしい。浅いところからどんどん石油を汲み上げたので、石油はすぐになくなってしまった。いまでも、牧場の真ん中とか至る所にポンプはあり、個人ベースの採油は行われている。

    Coalgateにある石炭博物館である。コメントは差し控えたい。ただ、朝の9時に出て帰ってきたら5時で激しい疲労感を覚えたとだけいっておこう。

  • 1998,1/4

    昨日石狩鍋を作っていたら茹で上がった青虫が浮いてきた。意外と農薬の使用量が少ないのかもしれない。